FC2ブログ
TOP ≫ CATEGORY ≫ 900めも
CATEGORY ≫ 900めも
       次ページ ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comments (-)Trackbacks (-) | スポンサー広告

あたしと私と「さなぎ」のはなし。

「シン・ゴジラ」を観た。超面白かった。2回観た。

「君の名は。」を観た。面白かった。

「怒り」を観た。面白かった。原作買った。


***********

そう、それでまたこの話。
一人称の話。

今回は「さなぎ」という楽曲についてである。
歌:坂本真綾、作詞:坂本真綾。
(作曲に関して今回は1ミリも触れるところがないため、スルーします)


わたしはこの曲が大好きだ。
アルバム「FOLLOW ME UP」に収録されているバージョンと、中野サンプラザでのライブバージョンの音源を持っているが、
どちらも好きで、この2つだけを入れたプレイリストを作って繰り返し聞き続けることもある。

そうして気付いたことがある。
歌の中で使っている一人称が明らかに違う、ということ。


ちなみに、テキスト上では、一人称はすべて「私」に統一されている。
http://www.kasi-time.com/item-77183.html

フレーズを抜粋すると、以下の通り。

1.「耳鳴りが止んで 私生まれ変わってた」
2.「私だけど 私じゃない そして進化の先へ」
3・「ギリギリな方が 私無謀になれる」
4.「私だが 私だけを 完成させる」
5.「私だけが 私だけに 従うことができる」
6・「私だけど 私じゃない そして進化の先へ」

CD収録バージョンではほぼこの通りに歌っていると思う。
一部(1.と3.)ちょっとあやしいけど、少なくともサビの部分はすべて「W」の発音をしている。


それがライブバージョンだと、どうもこう歌っているように聞こえる。

1.「耳鳴りが止んで私生まれ変わってた」
2.「あたしだけど 私じゃない そして進化の先へ」
3.「ギリギリな方が私無謀になれる」
4.「あたしだが 私だけを 完成させる」
5.「あたしだけが 私だけに 従うことができる」
6.「あたしだけど 私じゃない そして進化の先へ」

やっぱり1.と3.は微妙なところだが(正直「あたし」に聞こえる)、
サビの部分はもう絶対明らかに、「あたし」と「私」をはっきり区別して歌っている。


その方が発音の関係上歌いやすいとか聞こえやすいとか、単純にそういう話かもしれない。
しかし、わたしは歌が下手なのでそういったことはちょっとよくわからない。
だから好きに解釈させてもらいたい。

以前も似たようなことを言っているが、坂本真綾さんの楽曲においては、
「わたし」より「あたし」の方が、彼女自身を表す一人称として、強い。
「わたし」より「あたし」の方が、生の人間のものである。
「わたし」より「あたし」の方が、真実である。

うまいこと言えなくてもどかしい(そして恥ずかしい)が、そういうことだと思う。


こう意識してしまうと、もうリリース当初はわざと「私」を強調していたのだとしか思えない。
ライブのための布石をあらかじめ打っていた。

「あたしだけど私じゃない そして進化の先へ」

こう歌いきることで、この曲はまたひとつ大きな進化を遂げた。
「あたし」は「私」という過去のさなぎを脱ぎ捨てる。
歌も、歌手も、常に進化している。
既存の楽曲を歌っているのではないのだと、強く証明したのだ。

たぶんね。
スポンサーサイト

パウロ・コエーリョ『11分間』のこと(仮)


+++++

「私が何を飲みたいか、聞いてくれた?」
「いや、聞いてない」
「じゃあわかっておいて。あなたと一緒にいる人をちゃんと存在させてあげて。その人のことを考えてあげて。その人が欲しがっているのがウイスキーなのか、ジンなのか、コーヒーなのか、考えてあげて。その人が何を飲みたいのか、聞いてあげて」

パウロ・コエーリョ『11分間』(旦 敬介=訳)
+++++

まだ読み終わってもないのに、引用なんかしやがるすっとこどっこい。
あとでちゃんと、何かしら書いときたい。何かしら。
今のところ言えることは、読んでいて楽しい小説だって思うこと。
なんていうかゾクゾクとは違うけど、ちょっと似ていて、頑張って表すと「ふえぇ」って感じになる。
「ふえぇ」って感じになるところが読んでいてとても多い。
読んでいて「ああもう、マリーア」ってなったり「ふえぇ」ってなったり、交互にやってきて忙しい。


+++++
そういえば、先週SF研究会みたいなところに所属している人たちと2分くらい話した。
なんだか難しいそうなことをいっぱい喋ってもらったのに、難しいのと早口なのとでよくわからなかった。
すごい早口だった。すごい濃い2分だった。
でも「なんでSFを読むんですか」って訊いたと思うんだけど、その答えではなかった気がする。む。

ピエール・ルメートル『その女アレックス』を読んだ。
貸出期限は来週の水曜日だけど、予約でいっぱいだから明日には返却したい。


面白かったけどゾクゾクはしなかった。
やっぱりミステリーとか警察とか、そういうのを読むのは向いてない。
でもカミーユはちょっと可愛い。

最近だとちょっと前に、モームの『征服されざる者』を読んでゾクゾクした。


ゾクゾク記録おしまい。

阿部智里『烏に単は似合わない』を借りて読んだ。
予約がたくさん入ってるので明日返す。

山川弥千枝『薔薇は生きてる』
大石圭『湘南人肉医』
西崎憲『飛行士と東京の雨の森』を読んでる。

相沢沙呼『雨の降る日は学校に行かない』を買った。
帯買い。
今週は有給をとる。

ホラーっぽい小説のこと。

夏なので小林泰三の『玩具修理者』を読んだ。
表題作はともかく、手児奈の方はわたしには難し過ぎたんじゃないだろうか。
もしかしなくとも頭の作りがSFに向いてないし……。
まあいいや。
「早川さん」と「帆掛さん」が取り合いしそうな本だった。


待ち合わせの時間つぶしに木下半太『鈴木ごっこ』を読んだ。
別に感想はない。
強いて言えばお腹が減る。
たらこのカルボナーラ食べたい。


髪を切るまでの間に綿矢りさ『憤死』を読んだ。
なんかこう、今まで読んでた作品は語り手のおたくっぽい視点が好きだった。
でもここに収録されてるのは全体的にあんまり好きじゃない。
なんか妙にオタクっぽいところが嫌だ。
これは盛大な矛盾。


『火花』は結局読んでない。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。